書籍のレビュー・概要
ホロコーストの記憶をパレスチナの痛みとともに語ることはできないのか。イスラエル生まれのジェノサイド研究の第一人者が、自身のホロコースト研究と自分史を重ねてパレスチナの今へと語りをつなぐ。ガザの人道危機を訴えるオピニオンやETV特集でもおなじみの著者による骨太かつ渾身の学術エッセイ集。日本語版特別編集。 本書からの抜粋 過去数十年、イスラエル=パレスチナ紛争は、主として双方の宗教的狂信者によって動かされてきた。……イスラームとユダヤ教はともに依拠すべき長い中庸の歴史を有しており、過激主義ばかりだったわけではない。教育を改革し宗派間の和解を前進させるなかで、その歴史を呼びだすことが可能なはずである。 ……征服と抑圧よりも断念と和解のなかでこそ強さははっきりと現れるものだし、子どもたちの未来への希望はあれこれの神の名による殉教よりも深く感じられて永続的だということもあろう。私たちが努力すれば、このような転換もありうるのである。これは、追求するだけの価値のある目標である。 ( 日本語版へのまえがき ) お互いの物語に耳を傾けて、それぞれの誕生の地への関係の変転を認識することは、和解への長い道のりの一歩になりうるだろう。私がいまも書きたいと願っているのは、このようなイスラエル=パレスチナの一人称の複数形の歴史である。 (序章) 犠牲者の存在 と 記憶をともに忘却しようとする ジェノサイドの下手人 たちの意思に対抗するひとつの方法は、犠牲者に語らせて彼ら彼女らの声に耳を傾けることである。犠牲者が求めているのは、声を聞いてもらいたい、その後には、語ったことを書き留め、歴史的記録に自分たちの声を統合し、その出来事をもっと完全に復元してほしい、ということだからである。歴史はつねに強者や勝者の物語だというのは真実ではない。踏みつけにされ破壊された人々の運命を集めて記録し、書き留めて統合するのは歴史家の責任である。 (第1章) 土地には忍耐力がある。土地は、人々が来ては去るのを目にしてきた。征服者と敗者、植民者と侵略者、建設者と破壊者を。だが人々は腹わたが煮え返る思いをし、自分たちの居場所にいながらも緊張を強いられて不愉快な思いをし、暴力的で恐怖にとらわれている。彼らは故郷にいない/ 寛 ぐことはない。おそらく追放状態に終止符を打つ唯一の道は、これ以上追い出さずに迎え入れること、境界線を引かず障壁を崩すこと、ついにこの地のすべての民族の郷土となった時にはじめて、この土地は故郷になるのだと認識することである。 (第7章) 要するに、厳しい争いや競い合いを含みながらも陳腐化した従来型の政治的語りを超えたところで私たちがもっと必要とするのは、この国家に生まれ落ちたイスラエル人であるユダヤ人とアラブ人が自分たちの 郷土 ──新生の国家の最初の市民として彼らが生まれた土地という単純な意味での郷土と、それぞれの民族の 故郷 という抽象的意味での郷土──との自分たちのつながりを、いかに理解し、明確化し、感じてきたのかを探求することである。この問題がイスラエル=パレスチナ紛争の核心にあることは明らかだが、このように扱われたことはこれまでなかった。……根本のところでめざすのは諍いでも論争でもなく、むしろ 共感 的理解だという点に、この試みの利点はあるのかもしれない。共感的理解なき歴史は「次々に生起する呪われた出来事」に他ならず、要するに過去の再構成についての「ドグマ」にすぎない。 (第9章)