書籍詳細

書籍のレビュー・概要

ヴァルター・ベンヤミンが一九三六年に発表した「複製技術時代の芸術作品」。その可能性の中心が、三年後の改訂版から大幅に削除されていた。それは、映画観客論でも監督論でもなく、カメラを前にテストされ、演技する「映画俳優」の可能性をめぐるものだった。一九三〇年代の時代状況のただ中に論文を置き直し、読み直す。

ベンヤミンの映画俳優論

Takumi ブックス

ベンヤミンの映画俳優論

複製芸術論文を読み直す

著者・関係者
長谷 正人 著
カテゴリ
人文・社会科学書
刊行日
2025/08/07
体裁
四六・並製・184頁
ISBN
9784000271790
在庫状況
在庫あり

価格:2,530 円

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著者略歴

  • 長谷正人(はせ・まさと) 1959年生まれ.早稲田大学文学学術院教授.著書に『悪循環の現象学――「行為の意図せざる結果」をめぐって』(ハーベスト社,1991年),『映像という神秘と快楽――“世界”と触れ合うためのレッスン』(以文社,2000年),『映画というテクノロジー経験』(青弓社,2010年),『敗者たちの想像力――脚本家 山田太一』(岩波書店,2012年),『ヴァナキュラー・モダニズムとしての映像文化』(東京大学出版会,2017年)など.編訳書として『映像が動き出すとき――写真・映画・アニメーションのアルケオロジー』(トム・ガニング著,みすず書房,2021年).

目次

  1. 序 第1章 人民戦線に抵抗するベンヤミン 1 人民戦線、あるいは文化政策の「アウラ」性 2 社会主義リアリズムと民衆出演の映画 3 商品としての言説とベンヤミンの戦術 第2章 テクストとしての複製芸術論文 1 実験としての非アウラ的文体 2 政治的文書としての「複製芸術論文」 3 「アウラの凋落」と「第二の技術」――第一セクションの読解 第3章 複製芸術論文における「映画俳優論」の可能性 1 視覚的無意識と自由な活動領域――第三セクションの読解 2 映画俳優とスポーツ選手の「テスト」可能性――第二セクションの読解(1) 3 アウラなき映画俳優の身振り――第二セクションの読解(2) 補論 一九三九年版における「映画俳優論」の削除 第4章 ラジオ・パーソナリティとしてのベンヤミン 1 ワイマール期のドイツラジオ 2 「青年の時間」の四つのジャンル 3 「物語」を語るベンヤミン 4 口語文化とテクノロジー 5 聴取者参加型劇場としてのラジオ 文 献 解 説――危機の時代に、アウラを爆砕すること……………吉見俊哉 あとがき

本文紹介

ヴァルター・ベンヤミンの「複製技術時代の芸術作品」の可能性の中心は、映画観客論でも監督論でもなく「映画俳優論」だった。

抜粋:ヴァルター・ベンヤミンが一九三六年に発表した「複製技術時代の芸術作品」。その可能性の中心が、三年後の改訂版から大幅に削除されていた。それは、映画観客論でも監督論でもなく、カメラを前にテストされ、演技する「映画俳優」の可能性をめぐるものだった。一九三〇年代の時代状況のただ中に論文を置き直し、読み直す。